高見 順 高見 順

小説家、詩人の高見順は明治四十年(1907)福井県に生まれました。本名は高間芳雄です。中学時代から白樺派に惹かれ、東京帝国大学に進むと左翼芸術同盟に参加し、機関誌「左翼芸術」などに作品を発表するようになります。大学卒業後は、コロムビア・レコード会社に勤務しながら、プロレタリア作家として活動しますが、昭和七年治安維持法違反の容疑で検挙され、転向を余儀なくされます。

昭和十年<饒舌体>と呼ばれる手法で「故旧忘れ得べき」を著わし、第一回芥川賞候補となります。その後文筆に専念し、浅草ものの傑作とされる「如何なる星の下に」でいちやく文名を高め、以後次々と作品を発表します。戦後の十年間は、さまざまな病気で苦しみますが、病床で詩作をし「樹木派」などの詩集を刊行します。また昭和史の資料ともいえる「高見順日記」を著わしました。

晩年は、昭和という時代を描く「激流」「いやな感じ」「大いなる手の影」の連作を構想し、執筆にとりかかりましたが、昭和四十年(1965)五十八歳で亡くなりました。鎌倉には、昭和十八年から没年まで北鎌倉の山ノ内に住み、貸本屋「鎌倉文庫」や出版社「鎌倉文庫」に参画し、活躍しました。東慶寺に墓所があり、かたわらに詩碑があります。