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更新日:2015年3月31日

鎌倉十井

水の悪かった鎌倉の井戸の中で,最も美味しく、また伝説やいわれのある十の井戸のことをいいます。鎌倉が観光地化した江戸時代に定められたようです。現在水の飲める井戸はありません。

・泉ノ井(いずみのい)
場所:浄光明寺の門前を100m程先に行った所
この付近は、この井戸の名をとって泉ヶ谷(いずみがやつ)と呼んでいます。

・扇ノ井(おうぎのい)
場所:扇ヶ谷の個人宅内。非公開
扇を開いたような形をしていることからこの名が付いたとされています。また、源義経の愛妾、静御前が舞扇を納めたからとも言われます。

・瓶ノ井(つるべのい)
場所:明月院境内
別名甕ノ井(かめのい)。内部に水瓶のようなふくらみがあることからよばれたといわれています。

・甘露ノ井(かんろのい)
場所:浄智寺山門の手前
不老不死の効能がある水だったといわれています。

・鉄ノ井(くろがねのい)
場所:鶴岡八幡宮南西の角、小町通りと県道21号の交差点角
正嘉二(1258)年、秋田城介・安達泰盛の住む長谷のあたりから起こった火事は、扇ガ谷の寿福寺や新清水寺、鶴岡八幡宮の若宮などを焼きました。その時新清水寺の鉄の観音像が土の中に埋まってしまいました。その鉄の観音像(首から上の頭部)がこの井戸から掘り出されたためこの名前がつきました。その観音像は現在、東京人形町の大観音寺の本尊となっています。

・底脱ノ井(そこぬけのい)
場所:海蔵寺山門の手前
上杉氏の娘が尼として修行していた頃、夕飯の支度に桶に水を汲んだところ、桶の底が抜け落ちてしまいました。その時に心の中のもやもやが解け悟りが開けたとされています。また一説には、鎌倉時代中頃の武将安達泰盛の娘千代能の話とされているともいわれています。

・銚子ノ井(ちょうしのい)
場所:長勝寺斜向かい 鎌倉駅から京急バス名越方面行き 「長勝寺」バス停下車逗子方面へ約50m 民家の先
井戸の全体の形が石で作られており、その形が銚子(酒を入れてさかずきにそそぐ、長い柄のついた道具)に似ていることから名づけられたようです。井戸の内側は円ですが、外側は六角形でその一辺はつぎ口のように突き出しています。石でできた蓋があり、六枚の花びらのような形をしています。長勝寺の石井長勝氏作ったとか、山号である石井山(せきせいざん)に因んで石で作ったとか説もあり、別名、石ノ井(いしのい)とも言います。

・星月ノ井(ほしづきのい)
場所:虚空蔵堂に上がる階段手前、坂ノ下18-28付近
このあたりは昼でも暗いところであったとのこと。しかし、この井戸をのぞくと、昼間でも星が輝いて見えたことからこの名前がついたとされ、別名星ノ井(ほしのい)、星月夜ノ井(ほしづきよのい)とも言います。また、近所の女の人が誤って包丁を落としてしまったところ、星が輝かなくなったとも伝えられています。

・棟立ノ井(むねたてのい)
場所:覚園寺境内。非公開。
井戸の形が家の棟形をしていることからこう呼ばれています。また、別名の破風ノ井(はふのい)も井戸の形からきています。

・六角ノ井(ろっかくのい)
場所:材木座6-23-7付近
井戸の形は八角形で、六角が鎌倉分、二角が逗子分であったところからこの名が付いたとされます。保元の乱で敗れ伊豆大島に流されていた源為朝が、光明寺裏の天照山めがけて矢を射たところこの井戸に落ち、矢じりが残ったとされる言い伝えから、別名、矢ノ根井(やのねい)とも言います。

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