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更新日:2014年4月24日

旧安保小児科医院

 第16号/平成9年3月1日指定

旧安保小児科医院

この建物は、大正13年頃、医師の安保隆彦氏により建てられ、平成7年まで医院として使用されていました。

三つの道路が交差する角に建つこの建物は、三方に設けられた切妻屋根と、ハーフティンバーの表現がとられた妻壁を持ち、この華やかな外観が往来の人の目を引きつけています。

建物内部には、兎や鶴をかたどったユーモラスな天井飾りをはじめ、照明器具、医療器具など当時のものが残されており、内外ともよく創建当初の姿をとどめた貴重な医院建築です。


所在地:御成町

 

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構造規模:

  • 木造2階建、洋小屋組
  • 延べ床面積/115.22平方メートル
  • 屋根/銅板瓦棒葺き切妻
  • 外壁/漆喰塗り大壁、一部モルタル塗り

 

※公開はしていません。

 

 

建物の沿革

旧安保医院は、大正13年頃、安保隆彦氏によって、安保小児科医院として建てられた。

建物の登記は昭和15年に行われており、棟札など建築年を確定する資料はないものの、

  • 大正6年に小町で開院された安保小児科が、大正12年の震災により倒壊したため、早急に医院兼住宅を建築する必要が生じた。当時の御用邸付近での開院を依 頼されたため、現在の場所を選んだ。震災直後であったため、建築資材が不足し苦労した。以上のいきさつが、隆彦氏から医院を継承した同氏の次男・安保隆文氏に伝えられていたこと。
  • これを裏付ける、敷地の借地権が隆彦氏に譲渡されたことを証する大正13年3月5日付けの書類が現存すること。
  • 基礎の一部が煉瓦造であり、この建物が震災直後、震災前の工法により建てられ始めたことを推察させること。

以上の理由により、大正13年頃の建築は、ほぼ間違いないと判断される。

これと同時に、敷地の北側に和風平家の住宅が建てられ、両者は渡り廊下で結ばれていた。

昭和40年頃、和風住宅と渡り廊下が現在の建物に建替えられ、また医院の北側に便所が増築され、 当初医院内の1階西北隅にあった便所は検査・処置室に変えられた。

また、当初天然スレートで葺かれていた屋根が、 現在の亜鉛引鉄板瓦棒葺きに葺き替えられたのもこの頃と思われる。

その他の改造としては、昭和52年頃、1階床が現在のプラスティックタイルに張替えられたこと、 昭和63年頃、北側外壁の一部がモルタル塗りに替えられたことがあるが、 旧安保小児科医院は、創建当初より平成7年11月の隆文氏の逝去まで終始小児科医院として用いられており、内外とも改造部分が大変少ない建物である。

建物の特徴

旧安保小児科医院の最大の特徴は、3方に設けられた矩勾配の切妻屋根である。

3つの破風のうち2つは、南北の大棟にあるが、屋根窓である東側の破風も大きく、これら直交する破風の存在が大変華やかな印象を与えている。

しかも、ハーフティンバーの表現がとられ、往来する人の視線を引き付けている。

こうした華やかな屋根の表現は、扇ガ谷にあった濱崎邸にも見られたものであるが、 当時こうした屋根の表現をもつ住宅建築が一般的に好まれたと考えることができる。

現に、田園調布など大正期から昭和初期にかけての郊外住宅にはこうした表現をしばしば見ることができる。

内部において特徴的なものは、待合室と診療所の天井中心飾りで、 待合室は兎と人参をかたどり、診察室はリアルな鶴の漆喰細工が施されている。

子どもの患者への配慮と思われ、大変ユーモラスで個性的である。

ほとんど当初のままの姿を保つ2階は、主室たる和室と洋室が配されており、和洋が巧みに折り合わされていて大変興味深いものである。

なお、旧安保小児科医院は、内外ともよく創建当初の姿をとどめているが、それに加えて照明器具、家具・調度もよく残されている。

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