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更新日:2016年7月19日

源頼朝の墓(みなもとのよりとものはか)

現在、墓のあるあたりに、かつては頼朝の持仏堂があり、頼朝の死後は法華堂(ほっけどう)と呼ばれました。墓の層塔(そうとう)は1779年(安永8)に島津重豪(しまずしげひで)により大御堂(おおみどう)から移されたものといわれ、国の史跡に指定されています。

明治時代になり、それまでは一緒にまつられることも多かった神と仏を離す神仏分離(しんぶつぶんり)の政策により、1872年(明治5)墓前に白旗神社が建立されました。

源頼朝の墓の絵

萩原輝治(日本美術家連盟会員)

場所

西御門
鎌倉駅下車 徒歩20分