ここから本文です。

更新日:2016年7月19日

龍宝寺(りゅうほうじ)

玉縄(たまなわ)城2代目城主北条綱成(つなしげ)が1503年(文亀ぶんき3)に建てた瑞光院がこの寺のはじまりで、開山は泰絮宗栄(たいじょそうえい)と伝えられています。

1575年(天正3)に玉縄4代目城主氏勝(うじかつ)が3代城主氏繁(うじしげ)を弔う(とむらう)ため現在の地に移し、氏繁の戒名(かいみょう)「龍宝寺殿大応栄公大居士」により、寺名を「龍宝寺」として建立されました。略名として大応寺ともいわれたようです。その当時は玉縄北条氏の菩堤寺として栄え、七堂伽藍(しちどうがらん)という寺院の建物がならび、広い土地や財産を持つ立派な寺だっといわれています。山門から振り返れば、右手に玉縄城の諏訪壇があったあたりを望むことができます。

1951年(昭和26)、龍宝寺は火災により建物のほとんどが焼け、残ったのは山門と鐘楼(しょうろう)だけになりましたが、1960年(昭和35)大岡実博士の設計で、立派な本堂が再建されました。本堂には本尊の釈迦如来(しゃかにょらい)と脇侍(わきじ)の文殊(もんじゅ)と普賢菩薩(ふげんぼさつ)がまつられています。

また玉縄城主歴代の位牌(いはい)や実朝の位牌も安置されおり、裏山には玉縄三代の墓もあります。

  • 旧石井家住宅/石井家は名主級の農家で、建築年代は17世紀末ごろ。戸口や窓などの開口部を少なくした、神奈川県の民家の様式をよく表している。新井白石の碑。

龍宝寺の絵

萩原輝治(日本美術家連盟会員)

宗派

曹洞宗陽谷山

所在地

植木128

大船駅下車 藤沢行きバスで岡本下車 徒歩3分