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更新日:2020年4月9日

十一人塚(じゅういちにんづか)

1333年(元弘3年)鎌倉攻めの新田義貞軍の浜手の大将大館宗氏(おおだてむねうじ)は大軍を率いて極楽寺坂の切通しへ攻め込みましたが、北条方の猛反撃をうけて多数が討ち死にし、総退却になりました。

そして、最後に残った11人もここで自刃してしまったと伝えられています。

ここにその11人を葬り、十一面観音の像を建ててその霊を弔ったので、十一人塚と呼ばれています。

この塚の上には大きな松の木がありましたがそれは枯れて、今の松はその後に植えたものです。

  • 十一人塚碑。墓碑

場所

稲村ガ崎

江ノ電 稲村ヶ崎駅下車 徒歩3分