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更新日:2018年8月3日

鎌倉の文化財

文化財は私たちの生活や考え方の成り立ちを表すもので、私たちが正確な歴史認識に立って物事を判断するために不可欠なものです。

源頼朝が幕府を開いてから約250年の間、鎌倉は東日本だけでなく、日本全国の政治や文化、特に我が国の中世武家文化の中心として栄えました。そのため多くの埋蔵文化財包蔵地や史跡・名勝等があり、これらは周囲の自然環境と一体となって存在し、鎌倉市の都市環境を形成する重要な要素となっています。これらは現代日本をささえる精神・物質文化の根元を証するものとして、非常に重要であると考えられています。鎌倉市ではこれらが世界的な遺産であることを認識し、その保全に努めています。

史跡の概要 

史跡とは、貝塚、古墳、都城跡、城跡、旧宅その他の遺跡で我が国の歴史の正しい理解のために欠くことができず、かつ、その遺跡の規模、遺構、出土遺物等において、学術上価値があるもの(文化財保護法第109条)です。

市内には、国指定史跡である鶴岡八幡宮境内、建長寺境内・円覚寺境内等の鎌倉五山をはじめ、亀ケ谷切通等の切通、法華堂跡(源頼朝墓・北条義時墓)、永福寺跡など、多くの史跡があります。 

 

鶴岡八幡宮は源頼朝が鎌倉に入ってすぐ、祖先である応神天皇等をまつる社を海岸近くの元八幡から今の場所に移しました。武家の守護神として深く信仰されましたが、早くから神仏習合が行われ、明治の神仏分離までは寺でした。寺の最高責任者である別当は、東大寺や東寺・三井寺などの別当を兼ねた時代もあり、鎌倉時代には日本仏教の中心となっていました。八幡宮から海へ直線に伸びる若宮大路は参道として造られたものですが、現在でも鎌倉のメインストリートになっています。

鶴岡八幡宮

鎌倉仏教の一つの代表である禅宗は、鎌倉五山として寺容を誇っています。第一位建長寺・第二位円覚寺は日本におけるはじめての本格的禅道場として隆盛をきわめました。現在も大規模な建築物が残っています。また、堂をとりまく山裾は垂直に切り落とされ、大規模な土木事業が行われた事を示すと共に、禅宗道場にふさわしい厳しい修行環境をつくり出しています。

建長寺

鎌倉の出入口には、海と、山を掘り切った切通があります。海からの道では、鎌倉湾の東端に、現存する我が国唯一の築港遺跡である和賀江嶋があります。干潮の時には石を積んだ島が姿を表わします。山の道はいわゆる七切通です。切通は尾根を深く掘り込んで道にしたもので、S字状・クランク状に道を曲げて通りにくくしたり、道が狭く一度に多くの人が通れない様になっています。切通は鎌倉から各地へ続く幹線道路であるとともに、鎌倉を守る重要な防御施設となっており、周辺には武者が陣取る平場や城壁にあたる垂直に岩盤を切り落とした崖(切岸)等が配置されています。有名な新田義貞の鎌倉攻めに際しても切通が重要な防御拠点となっています。

仮粧坂

 

これらの遺構は、狭い谷と湿地であった鎌倉を現在の形にするために大土木事業を行った証です。これらの土木遺構は中世都市鎌倉の重要な特徴であり、武士の都鎌倉を表わすキーワードとなっており、史跡を永く保全していくため、鎌倉市では土地の公有地化や整備等の事業を行っています。

史跡に指定されている土地で現状を変更する場合は、事前に「現状変更許可申請書」を提出し、国等の許可を受ける必要がありますので、文化財課までお問い合わせください。

埋蔵文化財の概要

鎌倉は中世の武家の都で、鎌倉時代には事実上の首都として繁栄しました。また幕府が滅亡したのちも鎌倉御所が置かれ、東日本の中心的な地位にありました。このため、都市遺跡という特異な埋蔵文化財のありかたを示しています。都市では「多くの人」が「同じ所」に「何度」も建物等を建て生活しています。このため何層にも渡って埋蔵文化財が確認され、また物資の消費が激しく、出土品も非常に多いのが特徴です。今小路西遺跡

中世のまちは、鶴岡八幡宮から南に延びる若宮大路を中心に大町大路や小町大路など各所に通じる路が通じ、道沿いには将軍の御所(幕府)や北条氏等の武士の館あるいは都市住民の住まいや町屋(商店)等が存在したと考えられています。市立御成小学校の建て替え工事に伴う発掘調査では、鎌倉時代の武士の屋敷と共に、家来の住宅や職人や商人の住宅、倉庫等が発見され、都市鎌倉のあり方を非常に良く示す遺跡として注目されています。

山裾から山腹にかけては谷を切り開いて大きな平場が造られています。そこには寺や屋敷が建てられていたと思われますが、崖面には数多くのやぐらと呼ばれる中世の横穴式墳墓堂(岩窟寺院)が造られています。これは鎌倉地方に特に集中する中世の遺構で、その数はおよそ2,500箇所あるといわれています。 

またこの時代頃から現代の生活の基盤になるような生活様式が現れるため、出土する器物も現代の我々にも理解できる物が多くあります。
地中には人々の生活の跡が埋もれており、これらは遺跡と呼ばれています。これらの内、市で把握しているものは地図に記入されており、「周知の埋蔵文化財包蔵地」と呼ばれています。

これらの区域は市域の60%以上にのぼっています。この区域で土木工事を行う場合には文化庁長官宛の届出が必要になりますので、文化財課までご確認ください。 

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お問い合わせ

所属課室:文化財部文化財課 

鎌倉市御成町18-10 本庁舎4階

電話番号:0467-61-3857