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更新日:2017年1月31日

鎌倉十橋

鎌倉の川に架かる橋のうち、古くから重要な交通路にあった橋や、伝説の伝わる十の橋をいいます。現在橋としては残っておらず、碑だけ残っているところもあります。

・歌の橋(うたのはし)
場所:金沢街道を杉本寺から150m程西に行った所、二階堂932付近
渋川刑部六郎兼守が謀反の罪で死刑を受けることになりました。その際、和歌十首を詠んで荏柄天神社に奉納しましたが、将軍・源実朝がこの歌を見て感動し、罪を許しました。渋川兼守が命を助けられたお礼にこの橋を作ったのでこの名がついたと言われています。

・夷堂橋(えびすどうばし)
場所:本覚寺門前、小町1-11-3付近
夷堂の前にあるためこう呼ばれたとされます。現在では夷堂は本覚寺の境内にあります。

・勝の橋(かつのはし)
場所:寿福寺門前、扇ガ谷1-13-45付近
勝の局がかけた橋のため、こう呼ばれています。勝の局は、江戸を開いた太田道灌の子孫太田康資の娘で、徳川家康の側室でした。また英勝寺の開基でもあります。

・裁許橋(さいきょばし)
場所:御成小学校門前から100m位南に行った所、御成町20-48付近
現在の裁判所にあたる問注所が近くにあり、訴訟を裁許したことから名付けられたと言われています。橋の南方には飢渇畠と呼ばれた鎌倉時代の刑場跡もあります。また鎌倉時代、歌人の西行がこの橋の上で源頼朝に名を問われたことから、西行橋とも言います。

・逆川橋(さかがわばし)
場所:大町四ツ角より少し海岸よりの所
「さかさがわばし」ともいいます。名越から南へ流れてきた川の川筋が南から北へ屈曲し、水の流れが逆行しているように見えるので逆川とよび、その川に架かっているのでこう呼ばれます。

・十王堂橋(じゅうおうどうばし)
場所:北鎌倉駅から鎌倉街道を150m程北に行った所、山ノ内753付近
昔橋のそばに閻魔など十王を祀った十王堂があったことからこの名が付いたとされています。

・筋替橋(すじかえばし)
場所:横浜国大付属小学校入口交差点、雪ノ下3-3-20付近
道に対し、橋が斜めにかけられていたことからこの名が付いたといわれています。

・針磨橋(はりすりばし)
場所:極楽寺3-12
昔この付近に、針を磨く老婆が住んでいたことから名付けられたと言われています。またの名を我入道橋(がにゅうどうばし)とも言い、極楽寺の塔頭にいた我入道というお坊さんが針を磨いていたことに由来するとされています。

・琵琶橋(びわばし)
場所:若宮大路を下馬四つ角から50m南に行った所、由比ガ浜2-1-18付近
琵琶小路と呼ばれた道にかかっていたためこの名が付いたようです。

・乱橋(みだればし)
場所:向福寺門前から50m程北へ向かった所、材木座3-15-7付近
新田義貞が鎌倉に攻め入った時、幕府軍がこの橋のあたりで崩れて乱れ始めたことが由来とも言われています。

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