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更新日:2026年5月26日
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(くわしくは広報かまくらPDF版(PDF:4,213KB)をご覧いただくかお問い合わせください)
鏑木清方記念美術館 電話:23-6405
5月30日(土曜日)~7月5日(日曜日)
「新版画」とは、大正から昭和にかけて制作された芸術性の高い木版画で、鏑木清方(かぶらききよかた)の弟子・伊東深水(しんすい)や川瀬巴水(はすい)らがその発展の中心的役割を果たしました。本展では、弟子たちの木版画作品を清方の名作とともに紹介します。
6月6日(土曜日)13時30分から
特別展の見どころなどを学芸員が解説します。
6月13日(土曜日)・27日(土曜日)…13時30分から
6月20日(土曜日)13時30分から
同館と、川喜多映画記念館をめぐります。旧川喜多邸別邸(旧和辻邸)の見学も。
とき…6月4日(木曜日)・10日(水曜日)・26日(金曜日)
13時30分に同館集合
各先着12人。料金は1,800円。
とき…6月28日(日曜日)
【申し込み】6月6日以降に電話で同館へ
川喜多映画記念館 電話:23-2500
6月6日(土曜日)13時30分から
ゲストは平野共余子(きょうこ)さん(映画研究者)
6月14日(日曜日)13時00分から
6月20日(土曜日)〜8月30日(日曜日)
アメリカ映画の資料やポスター、映画地図をもとに、アメリカ文化や時代背景をひもとき、往年の名作から、ロードムービーまで幅広く紹介します。
鎌倉芸術館 電話:48-5500
七里ガ浜に日本初のバレエスクールを設立し、日本バレエ界を支える多くの舞踊家を育てたパヴロバ。その生涯と鎌倉での活動を『日本バレエの母 エリアナ・パヴロバ』の著者がお話しします。
鎌倉市民文化祭企画運営委員会事務局(文化課)電話:61-3872
詳細は、6月中旬以降に市役所ロビー・学習センター・鎌倉芸術館で配布する応募要項をご覧ください。
二階堂(にかいどう)の瑞泉寺(ずいせんじ)には、徳川光圀(みつくに)(1628~1700)が寄進した千手観音菩薩坐像(せんじゅかんのんぼさつざそう)が祀(まつ)られています。
光圀と言えば、諸国漫遊のイメージが強いですが、実際には、私的な旅行で訪れたのは鎌倉だけで、延宝(えんぽう)2年(1674)5月2日から一週間ほど滞在し、見聞記『鎌倉日記』を残しました。
当時の瑞泉寺は衰退し、夢窓疎石(むそうそせき)が背後の山頂に建てた徧界一覧亭(へんかいいちらん)も跡が残るのみだったようです。光圀は、そんな瑞泉寺の復興に心を寄せ、元禄(げんろく)2年(1689)に一覧亭を再建し、千手観音像を寄進しました。残念ながら、一覧亭はその後失われましたが、本像は仏殿に移され、現在もその姿を保っています。
頭部に仏面と10の頭上面、左右に42本の手を具えて蓮(はす)の上に坐す本像は、小ぶりながら丁寧な仕上げで、着衣にはくまなく金泥(きんでい)で文様(もんよう)が描かれているほか、持物(じもつ)や台座が当初のままであることも貴重です。
像の底面には、筑波山を開いた徳一(とくいつ)法師が彫刻し、元禄2年9月に光圀が一覧亭に安置したという銘文が残っています。徳一(生没年不詳)は平安時代前期の僧侶で、最澄(さいちょう)(767~822)と宗教論争をしたことで知られます。徳一の作であれば古代の仏像ということになりますが、様式や構造から江戸時代の作と判断されます。
優れた仏像を高名な僧侶や仏師の作とみなす例は、近世にはよくありますが、造られてからあまり時間の経っていない像にもこうした権威付けが行われたとすれば、興味深い事例です。
なぜ光圀が鎌倉の寺に徳一作という仏像を寄進したかは分かりませんが、本像は瑞泉寺と光圀とのつながりを直接的に示すものとして資料的価値が高いと言えるでしょう。
本像は、10月24日(土曜日)から鎌倉国宝館で開催予定の特別展「瑞泉寺七百年」で公開します。
【鎌倉国宝館】
鎌倉歴史文化交流館・鎌倉国宝館(10月23日まで休館)・鏑木清方記念美術館・川喜多映画記念館(映画鑑賞料金は除く)の観覧料などが無料です。
入館時に本人確認書類などを提示してください。
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