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更新日:2026年1月23日
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お知らせ
史跡大町釈迦堂口遺跡は、暫定公開を実施します。詳細は、目次「史跡の公開について」をご覧ください。
史跡大町釈迦堂口遺跡(おおまちしゃかどうぐちいせき)は、谷戸の奥に開かれた平場と、その平場を取り囲む丘陵に造られた「やぐら」などからなる、鎌倉時代後期から室町時代にかけての遺跡です。
史跡の指定範囲は、鎌倉市南東部にある「名越ヶ谷(なごえがやつ)」と呼ばれる谷戸の最奥部に位置している平場と、その周辺の山稜部です。平場北側の山稜部には唐糸やぐら、日月やぐら等のやぐらが数多く存在しています。また、現在は東京国立博物館が所蔵している国指定重要文化財の青磁の鉢3点もこの周辺から出土したと言われています。
平成20年(2008年)に平場部分で発掘調査を実施したところ、鎌倉時代中頃にあたる13世紀後半頃に谷戸の大規模な造成が行われ、その後、室町時代の15世紀にかけて、継続して土地の利用が行われていたことが明らかとなりました。特に、鎌倉時代後期~室町時代にあたる14世紀頃には、掘立柱建物や礎石建物が建てられていたほか、火葬が行われていたことがわかりました。周辺にやぐらが残る環境から、なにか宗教的な場があったと考えられていますが、この遺跡に関係すると思われる文献等の記録は現時点で見つかっていません。
現在、やぐらと平場の遺構が一体で残っている場所は、市内でも希少であり、中世の鎌倉の開発と、祭祀信仰のあり方を知るうえで重要な遺跡であることから、平成22年(2010年)に国指定史跡に指定されました。
かつて、この一帯には鎌倉幕府初代執権の北条時政の屋敷があったとも言われていましたが、発見された遺構の年代は時政が活躍していた鎌倉時代初期までさかのぼらず、遺跡の状況からも、時政のような武士が住む屋敷ではなく、寺院など宗教的な施設であったと考えられます。
当時の発掘調査の詳細は、『鎌倉の埋蔵文化財13』をご覧ください。
危険木の伐採や転落防止柵設置等の環境整備が進んだことから、期間を限定した暫定公開を以下のとおり実施します。
期間
令和8年(2026年)2月26日(木)から3月11日(水)(土日含む)
開場時間
各日10時から16時
※釈迦堂切通(トンネル)は、通り抜けできないため、浄明寺側からの入場はできません。大町側からお越しください。
史跡内は未舗装の道があります。動きやすい服装や歩きやすい靴でご来場ください。
天候等の事情から公開を中止または内容を変更する場合があります。市ホームページ等でお知らせしますので、ご来場前にご確認ください。
暫定公開期間中は、仮設トイレを設置しています。
お車での来場はできません。公共交通機関をご利用ください。
詳細なアクセス方法は、以下「史跡へのアクセス」をご確認ください。
史跡指定地内にあるトンネル(通称:釈迦堂切通)は、江戸時代の地誌類に記載がないこと、また、地図での記載等により、明治時代以降に掘削されたと考えられています。
トンネルの上部には、中世に造られたと考えられるやぐらが10数基並んでいます。
現在、トンネルの通行はできません。
通行の再開は、令和8年度以降を予定しています。詳細は関連リンクをご覧ください。
鎌倉駅東口より「名越」バス停下車後、徒歩約15分(外部サイトへリンク)
所属課室:教育文化財部文化財課
鎌倉市御成町18-10 第4分庁舎1階
電話番号:0467-23-3000
内線:2670